監督・脚本・編集  長尾直樹



PROFILE

1955年生まれ。
早稲田大学在学中から自主映画を監督。
第1回ぴあフィルムフェステバル入賞後、
脚本家・八木保太郎氏、ブラジルの映画監督クラウベル・ローシャ氏などに師事。
その後、劇映画、音楽映像、広告映像などの演出家として活動。
「鉄塔 武蔵野線」は、長編劇映画の第二作目になる。




長尾直樹氏INTERVIEW

原作のどこにひかれて映画化を決意したのですか?

  子供達というのは、本当はどんどん年齢が増えてゆく立場にあるわけですが、
そんな彼等が、ゼロに向かって数字を遡って行くという設定に、言葉では表現できない
エモーションを感じました。


映画撮影の中で苦労したことは?

  スタッフ、出演者の皆様には、とっても申し訳ないのですが、
苦労したと言うことはありません。ただただ、素晴しい夏を過ごしたという思いで
いっぱいなのです。


子役選びはどのようにして行ったのですか?

  オーディション会場で、町の中で、小学校で、ひたすら子供たちと会い続け、
ふたりに出逢いました。


現代の話なのにどこかノスタルジーを掻き立てるムードが作品の中にありますが、
監督はいつ頃の時代をイメージしているのですか?

  もちろん現代です。
特別に過去を意識した訳ではありません。しかし、夏とはたえずノスタルジックな
季節なのです。


主人公は鉄塔を番号順に辿っていきますが、撮影もその順番に行ったのですか?

  撮影は、鉄塔の順番に進めました。
1号鉄塔に近づくにつれて、私たちも、狂った様に機材を持って突進したのでした。


銀林さんの原作とラストが違っていますが、変えた理由を教えてください。

  銀林さんの原作のラストが好きで映画を見に来てくださった皆様には、
とても申し訳ありません。子供の頃、部屋の窓から見た、夏の光影の様な、
身近な感覚で、一本の映画を作ってみたいと思ったからです。
続編を作るときは、ぜひ、銀林さんのラストシーンを導入したいと思っています。


子役を演出するうえで一番苦労した点は?

  フィルム代がかかった点です。

おおたか静流さんに音楽を依頼した理由は?

  おおたかさんがいつも大切にしていらっしゃる、アジア的なゆったりとしたテンポ感が、
鉄塔の下を歩く子供達のテンポ感にピッタリだと思ったので。


ロケハンには苦労しましたか?

  鉄塔は見えているのに、いろいろな邪魔ものが立ち塞がって、
鉄塔の下になかなか到達できないのです。そのうち、夕方になって、
その鉄塔すら 見えなくなってしまいます。
その淋しさといったらないのですが、それでも、また次の日、鉄塔の下を歩いてしまうのは何故でしょうか。


ロケ中は、スタッフと出演者は合宿状態だったそうですが、思い出に残るエピソードは?

  あまりに多すぎて....。
人生の中でなにか印象に残ったことは、と聞かれているようで、
ちょっとこれは答えようがありません。


ブラジルの映画監督クラウベル・ローシャ氏とは、どのようにして出会ったのですか?

  学生の時にニッポンの自主制作映画を数本持って、南米で上映会をして回っていたとき、
リオデジャネイロで出会いました。
「社会的背景」を強烈に打ち出した、彼の作品と創作姿勢に、強く影響を受けました。
それ以来、自分の「個人的感覚」というものに関しては、
いつも疑いながら作品に取り組んでいるように思います。





鉄塔調査隊
映画
『鉄塔 武蔵野線』

かいせつ

ものがたり

音楽・撮影監督


キャスト

クレジット

製作ノート