プロダクションノート

鉄塔を歩く会

映画「鉄塔 武蔵野線」は、本物の武蔵野線鉄塔を徒歩で辿ることから始まった。
1995年4月、原作者・銀林みのる隊長率いる「鉄塔を歩く会」総勢7名は、
西武池袋線保谷駅に降り立った。鉄塔武蔵野線は全長28.1km。

「たいした距離ではないな。」と甘く見ていた我々は、それが直線距離であることに
気づかなかった。

道路、水路、建物、フェンス、雑木林等々の障害物は、我々が送電線の真下 を一直線に
進むことを阻み、実際にはその4倍の距離を歩くことになった。

一心不乱に山道に分け入る我々の姿を目撃した地元の住民は、
当時世間を騒がせていた、オウムの一味ではないかと恐れていたらしい。

81本の鉄塔を2日間歩きに歩いて我々は、1号鉄塔のプレートを目にした時、
自然と涙がこぼれ、映画化を固く誓い合った!

すでに陽が沈み真っ暗闇の人里離れた変電所で、疲労困憊の我々は、
誰彼ともなくつぶやいた、 「これからいったいどうやって帰る・・・?」

その後、シナハン・ロケハン・許可取り・キャステングなどの作業で、
撮影に入るまで、延べ8回に渡り武蔵野線を訪れることになった。




夏の合宿生活

撮影は、スタッフと主役の少年二人が一緒に寝起きする形で行われた。

埼玉県狭山市入曽の一軒家を借りての合宿生活では、
ロケから戻ると、監督自ら腕をふるうおいしい夕食があり、

子供たちの夏休みの宿題は、銀林先生が見るといったように、
それはまるで林間学校のように楽しいものだった。

そして、なんと少年二人の夏休みの自由研究は「鉄塔の観察日記」だった!




目指せ!1号鉄塔

1995年8月1日、埼玉県狭山市のロケから映画はクランクインした。
映画冒頭の水泳教室のシーンを、新狭山小学校のプールをお借りして撮影する。
このように「鉄塔 武蔵野線」の撮影は、シナリオのシーン順に従い順撮りで行われた。

一つ一つの鉄塔を遡っていくロケ中の体験は、
主演の伊藤君をはじめスタッフ全員が、
主人公の「見晴」の気持ちを理解する助けになった。

連日35度を超える猛暑の中、広大な畑地帯では喉の渇きと戦い、
そして美しい雑木林の木陰では一息つき、そうかと思うと農家の庭で犬に吠えられ、
産業廃棄物を満載したダンプカーには轢かれそうになりながら、
スタッフも出演者も一緒になって、1号鉄塔を目指した。

その体験は映画の撮影という現実を超えて、
伊藤君と内山君にはそのまま夏休みの思い出になり、スタッフには、
かつてそれぞれあった「夏休みの思い出」を追体験させるものとなった。






鉄塔調査隊
映画
『鉄塔 武蔵野線』

かいせつ

ものがたり

監督インタヴュー

音楽・撮影監督

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